2015.9.2
「英語がすぐそばにある毎日」を子供たちにとどけたい —
そんな想いから生まれ、その想いに共感する親子が多く集う小さな教室が、杉並区西荻窪にあります。
名前は「ハナハウス(HANA HOUSE)」。
代表の高橋裕子さんは、第1子出産という大変化の時期にハナハウスを立ち上げました。
そして現在は2人の女の子を育てながらハナハウスを主催しています。
ハナハウス立ち上げの理由は?なぜあえてそのタイミングだったのか?
そして、乳幼児教育に関わる存在である彼女にとっての「仕事と子育て」とは?
様々な側面からお話を伺ってきました。是非ご一読ください。
Q.まずは、これまでの経歴を教えてください。
大学では経済を専攻しました。でも教育にも興味があって、越境で教育学部の授業を受けたりしていました。
教職の免許も取ったんですが、最終的には普通に就職活動をしてリクルートに就職しました。
結局、先生になることには興味を持てなかったんです。
リクルートで様々な学校・大学のマーケティングに関わる仕事を経験する中で、
さらに教育への興味は高まっていきました。もともと独立したいという気持ちがあったので、
その為にも専門性をもっと身につけておくことが必要だと考えて、数年後にはリクルートを退職し、
イギリスの大学院に留学しました。その時に選んだテーマが「応用言語学」です。
教育が起業の軸になるのはこの頃には定まっていたのかなと思います。
帰国後は大前研一さんの(株)ビジネス・ブレークスルーに入社して教育プログラムの開発・提供に
2年ほど関わり、その後は小さな会社に移って色々なクライアント企業へのマーケティング支援の仕事を
経験しました。そして、2009年にハナハウスを創って、今に至ります。
Q.ハナハウス立ち上げの経緯について、もう少し詳しく教えてください。
第1子を妊娠したんですよね、その小さなマーケィテング会社で仕事をしていた時。
妊娠はとても嬉しい出来事だったのですが、予想外だったのは、切迫流産と、とんでもなく酷い悪阻(つわり)。
妊娠発覚直後から2ヶ月間、入院および自宅で安静に過ごす日々の繰り返しになってしまうんです。
小さな組織だから、私が抜けることのインパクトはそれなりで。
毎日、会社の皆さんに大迷惑をかけてしまっているという罪悪感と共に、過ごしていました。
今思い返しても、本当に苦しかったですね。
そして結局、退職届を出しました。もともと35歳までには独立したいと思っていたので、
ちょっとタイミングは早いけど、きっと今なんだ!と思い切って。
そこから、大きなお腹を抱えながら、ゆっくりと起業の準備を始めました。
そして、杉並区の『子育て応援券』に出会うんです。この『子育て応援券』は
杉並区に住む子育て中の家庭が利用できるチケットで、そのチケットを使って
様々な子育て支援のサービスを受けことが出来るというものです。「これいいな。」と思いました。
「このチケットを使って参加できる学びの場を提供するのはどうだろう?」と。
教育というテーマとも合致したので、構想はぐんぐん進みました。子連れで、ママも子供たちも学べる場 —
どんなクラスにしよう?どんなクラスを作ろう!と。
ちなみに、無事に杉並区の審査を通過することにはなるのですが、実積がない中での応募だったので、
書類の作成はそれなりに大変でした 笑。
Q.「ハナハウスの立ち上げ」と「初めての子育て」の両立、大変だったのでは?
はい、とても大変でした!
「働く」と「育児」は、こんなにもぶつかるものなのか!と思いました。
いや、振り返れば「育児」だけじゃないですね、「働く」と「妊娠・出産・育児」の全てが、ですね 苦笑。
当時、自宅の1階を教室にしていたので、長女の世話をしながら仕事をするという理想的な状態を
実現できていたものの、一方で、そこには仕事と育児と自分自身の私生活の境目はなくて。
じわじわ疲れがたまってきました。さらに、立ち上げたばかりのハナハウスでは、
やりたいこともやらなければいけないことも沢山あるけど、長女との時間も必要だし、教室=自宅ということで、
家も綺麗にしておかないとだし と、とにかくもう全然時間が足りないんです。
で、最初のソリューションは「睡眠時間を削る」でした 笑。当然そんなの長く続かないんですけどね。倒れました。
当時のこと、もうあまり覚えていないですね。
でも、数ヶ月後に長女が保育園に入ることが出来て、もろもろ状況は改善しました。